外資系金融マンの読書ブログ

外資系金融マンの読書ブログ。読んだら3倍考えるビジネス書評ブログ出張版。読書の要素はあまりない。

Read 500 pages every day.

That's how knowledge works. It builds up, like compound interest.

「分からない」のは悪いことなのだろうか

「わからない」という美徳は、行き過ぎると意思決定ができなくなる

先日の記事

先日「いよいよ日本も終わりだなと感じる」という記事を書きましたが、思った以上の反応をいただいて驚いております。

記事は休日に書き溜めて平日に更新しているので、みなさんのコメントを踏まえた内容はかけておりませんが、いただいたコメントは休日にすべて拝読します。

今後ともよろしくお願いいたします。

優秀な人とはどんな人か

最近、プライベートで他業種の人とかかわる機会があった。

仕事について話す文脈で「優秀な人とはどのような人か」という話になったのだが、スタートアップの人たちの考えに違和感を覚えた。

金融機関の人が考える優秀な人

金融機関の人からは、優秀さを表す言葉として「頭脳明晰」「人徳」「オーナーシップ」などが挙がった。

もっとも、金融機関には頭脳明晰でなく人徳も微妙な人が多いから、こういう人が優秀といわれるわけだが。

スタートアップ企業の人が考える優秀な人

彼らの意見を要約すると、「状況による」「優秀の定義は何?」というものだった。

「なるほど、一本取られたな」と思ったのだが、話を続けていくと雲行きが怪しくなってきた。

状況は適当に設定してくれていい、定義は適当に決めてくれていい、と言っても依然として「状況による、定義による」というのである。

話を聞く中で分かってきたのだが、どうやら彼らの職場では、「社員全員が優秀で、みんな頑張っている」という雰囲気が醸成されているようだ。

具体的な「状況」や「定義」を一切示すことなくそう考えているらしい。

いわゆる「やりがいの搾取」なのではないかと心配になったが、彼らは自信満々に「状況や定義によって全員が優秀である」と言っていた。

事業の展望はどうですか

話をする中で、「金融のビジネスはAIに代替されないんですか?」という質問が挙がった。

金融機関の人が考える展望

AIについて、金融機関以外の人に説明するのは難しい。

なぜなら、非常に細分化されている金融機関の職務のうち、ある分野はすでに自動化されている一方で、ある分野は数十年にわたって維持されそうだからである。

「金融のビジネス」が主語であるかぎり、的確な回答はできないのである。

少し勉強されている方(新聞記者など)でも、「AIの影響で、ゴールドマンのトレーダーが600人から2人になったらしい」と発言したりする。*1

説明するのが難しいので「職種によっては厳しいと思うが、職種によってはしばらく安泰だと思う」という回答が鉄板だ。

楽観主義者も悲観主義者もいるが、金融機関がすぐになくなると考えている人はいない。

スタートアップ企業の人が考える展望

彼らの属する業界について「今後どうなっていくと思いますか」と聞くと、「それはわからない」という答えが返ってきた。

分からないのは分かっているので、最も可能性の高いシナリオが何かと聞きなおしても、やはり分からないといわれる。

どんな些細なことでも「試してみないとわからない」というのである。どうやら本当に何も分からないと思っているようだ。

「分からない」という美徳

そして、「分からない」というときの彼らはたいてい自慢げなのだ。

どうやら、彼らの言う「分からない」には、「事前に決めつけないことが良いこと」というような美徳があるようだ。

確かに一理あるのだが、彼らの話は、「決めつけずにいろんなことに挑戦してみる」というよりも、ろくに考えずに「手あたりしだい取り組んでいる」ように聞こえた。

わからなかったらどうすべきなのか

何が正しいのかは分からないのだが、分からないなりに自分の考えを持つべきだろう。

分からないものを考えずに放っておくと、「思考停止」になってしまうし、意思決定ができなくなってしまうと思う。

そして、「やりがいの搾取」の根本的な原因は、こういった思考停止にあるのではないかと思えてならなかった。

*1:これはニューヨークの株式部の話なので、債券部のトレーダーには関係ないし、ニューヨーク以外にも関係がない。人数が減ったのは、リーマンショックや金融規制の影響もある(というかそちらの影響のほうが大きい)。