外資系金融マンの読書ブログ

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「まず否定から入る」が生じる理由と防ぐための一言

賛成も発言しよう

「否定から入る」について話題になっているらしい

「この考え方はおかしい」と書いてしまうと、この記事の通り否定から入るになってしまう。

anond.hatelabo.jp

この記事の内容については否定せずに、どうして否定から入ってしまうのかについて考えてみた。

否定的意見があること自体は問題ない

議論において他人と異なる意見を持っていた場合は、周囲に対して反対意見を述べる。これ自体は問題ない。

まったく意見が同じ人が2人いたら片方はいらない。同じ人は2人いらないというのは、外資系企業ではよく言われることである。

では、否定から入るのではなくきちんと否定意見を表明すればよい。同じように見えて全く違う「異議を唱える」と「否定から入る」はどこで差がついてしまうのだろうか。

思考プロセスを正確に伝えるのは難しい

思考プロセスを正確に相手に伝えるのは難しい。

一定以上の頭脳を持っている人は、基本的に複数のことを同時に考えている(複数の論理のスレッドを持っているといったほうがイメージに近いか)し、言葉よりも頭のほうがスピードが速い。

このため、考えていることをそのまま話すと、別のスレッドの話が混じったり、考えている内容よりもだいぶん少ない情報しか言葉に出てこない。

したがって、思考プロセスをリアルタイムに伝えるというのはかなりの困難を伴う。

このような困難さも、議論の最中にとっさに「否定から入」ってしまうこともあるのかもしれない。

さて、どうしてとっさな発言が否定からになってしまうのだろうか。まず、否定から入る人の思考プロセスを整理してみよう。

おそらく、ふだんあまり否定をしない人は、「否定から入る」人の思考プロセスをこのように理解しているのではないかと思う。

  1. 相手の意見を聞く

  2. 相手の意見を理解する

  3. 自分の考えを整理する

  4. 相手の考えと自分の考えを照らし合わせる

  5. 共通点を整理する

  6. 相違点を整理する

  7. 相違点があることを宣言する(否定する)

  8. 相違点を伝える

相手の意見を理解して自分の意見と照らし合わせて、そのうえで否定的な部分だけ話すという仕組みだ。

しかし、実際にはこのような仕組みにはなっていないと思う。なぜなら、私が「否定から入」ってしまうケースはこうではないからだ。

否定から入るアルゴリズム

否定から入っている場合の言動は、おそらく次のようなアルゴリズムに近い。

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要するに、「まず否定から入る」と言われる状態では、肯定のときに発言していないだけだと思われる。

その証拠になるかはわからないが、じっくり考えたあとに否定から入る人はおそらく少ない。

「まず否定から入る」が発生するのは、おそらく流れるような議論の最中であることがほとんどだろう。

じっくり考えた場合は、賛成と反対を整理したうえで「私からは3点あります」といった導入になるはずだ。もしくは、否定するにしても「大部分には賛成なのですが、1点ひっかかるところがございまして」といった入り方になるのではなかろうか。

したがって、「まず否定から入る」が発生するのは思考を効率化するために上のようなアルゴリズムが用いられるからだろう。

賛成でないことと反対であることが同値である場面においては、賛成か反対かはどちらかだけ表明すれば事足りる。結局、理由を説明しなければならない否定のときだけ発言することになってしまうのだ。

否定から入らない人は何を考えているのか

流れるような議論において否定から入らない人には2種類いる。「意見のない議論に不要な人」と「賛成もしっかり表明する人」である。

ほかの人と全く同じ意見であるというのは存在価値がないに等しい。冒頭に述べたように同じ人は2人もいらないからだ。

一方で、否定から入らないというのは肯定から入るというのとおおよそ同じことである。

否定から入りそうになったときには、否定的な部分を発言する前にひとこと「今までの部分にはおおかた賛成です」と述べてみるとよいのかもしれない。

割とどうでもよい雑記ではあるが、「まず否定から入る」ということについて違和感があったのでまとめた。