外資系金融マンの読書ブログ

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過労死、いじめ、低賃金・・・ 批判よりも自己防衛を優先すべき

あるべき論よりも損得で行動したほうが、自分の身を守るためには効果的

労働環境と学校教育について

先日、労働者のための労基法を高校生に教えるよりは、高校生のための知識を高校生に教えたほうが良いという記事を書いた。

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この記事は「人生で学んできたことをちゃんと役立てよう」といったテーマで書いたつもりだったのだが、労基法について学習すべきかどうかというテーマだったと解釈した方も多いようだ。

少し労基法を学ぶということがどういうことかというテーマについて掘り下げてみたいと思う。

過労死は雇用者による殺人だなんていうけど、死んだら損でしょ

あえて誤解を恐れずに強い言葉を使うが、過労死して一番損をするのは過労死した本人なのだ。

どれだけ雇用主を責めたところで蘇るわけじゃないし、雇用主がそれ相応の罰を受けるわけでもない。

まして、仮に罰を受けたとしても過労死した人が報われるわけではない。

多くの批判の声が上がっているように、どれだけ雇用主が悪かろうと彼らは微々たる罰を受けるだけである。

いじめる側が悪いが、いじめられたら損でしょ

教育がらみでいうなら「いじめ」もそうだ。暴力などによって直接的に命を落とすこともあれば精神的な損傷・それに伴う自殺などがあるという点も、過労死と酷似している。

過労死よりはこちらのほうがイメージしやすく、議論しやすいように思う。

この「いじめ」についても、あえて誤解を恐れずに強い言葉で表現するが、損をするのはいじめられる側なのだ。

そもそも、いじめには次のような論点がある。

  • 理由はどうであれいじめる側が悪い

  • 判断能力の乏しい生徒よりも、いじめを放任した教師が悪い

  • いじめられる側にも原因がある

言い方には気をつけるが、いずれの主張にも一理ある。

まず、いじめる側が悪いという点については疑いようはないだろう。過労死において使用者が悪いのと同じだ。善悪の話をすれば彼らが悪い

次に、教師が悪いという主張も妥当だ。高校生くらいならともかく、小中学生の判断能力は高くない。善悪の判断能力をしっかり持っている小中学生は少数派だろう。だから、彼らが判断を誤らないように教師や保護者が指導すべきだというのは間違いない。いじめる側が悪いといっても、教師が適切な処理をしていれば深刻な問題にはならなかったというケースがほとんどではないだろうか。

しかし、教師は万能ではない。いじめで自殺などが起こると必ず「教師は無能だ」「教師は無責任だ」というような批判が起こるが、もしそう思うなら無能で無責任な教師に期待するのはおかしい。もちろん、私自身は無能で無責任だとは思っていないし、そもそも「いじめ」は、教師があっさり解決できるほどシンプルな問題ではないと思っている。

最後がもっとも議論が起こりやすい点だ。私の経験上、まったく原因がないのにいじめが発生することはない。どんな些細なことであれ何かしら原因はあるものだ。だから「いじめられる側にも原因がある」というのは正しいが、だからと言っていじめられる側が悪いわけでも、いじめる側が正当化されるわけでもない。原因があるかどうかと善悪は関係ないのだ。

人のせいにしても問題は解決しない

言い方には気を付けるが、いじめや過労死において他人を追及したところで問題は解決しない。いじめも過労死もなくならない。

いじめや過労死から自分を守るというのを至上命題としたときに、もっとも行わなくてはいけないのは自分の身を自分の責任下で守ることなのだ。

ここでは、本来どうあるべきかという話はしていない。どうしなければ自分の身を守れないのかという話をしている。

さて、いじめから逃げるためには、いろいろな犠牲を払ってでも転校するのが効果的だろう。本来は転校せずに「悪い人」が「改善」されるべきなのだが、現実がそうなっていない以上は自分の身を守ることを優先せねばならない。

同じく、過労死から逃げるためには、やはりいろいろな犠牲を払ってでも転職するのが効果的だろう。上司に文句を言っても、労基法の知識を振りかざしても、おそらく解決はしないのだ。

現状を打開することに焦点を絞った適切な行動を

いじめや過労死と比べると些細な問題になるが、ちょっと給与に不満があるとか、上司と馬が合わないとか、そういう問題を解決するときも同じである。

他人の行動を変えることができない以上は、まず、自分が行動するしかない。味方を付けたり相談や交渉をしたり、それでだめなら転校・転職を選ぶというのが、自分を守るための行動になる。

いじめや過労死はどう考えてもいじめっ子や使用者が悪い。彼らが行動や考え方を改めるべきである。だがしかし、彼らが心を入れ替えるかどうかは、いじめられっ子や労働者側でコントロールできるものではない。

自分の身を守ることを最優先に考えたとき、最も効果的な行動は、コントローラブルな要素である自分の行動を変えることなのである。

いじめられっ子や労働者を批判するつもりは微塵もないのだが、こういった「自分の損得」を考えて行動を起こす能力が、日本人には少し足りていないように思える。