外資系金融マンの読書ブログ

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労基法を学ぶ高校生で思い出した、高校数学が仕事に役立つという話

「答えを探す」受験文化には否定的なのだが、役立ったこともある

高校教育でいま最も役に立っているのは数学

「数学」があらゆる場面で利用できる知識だとは考えていない。本来数学というのは非常に専門特化された高度な技術であり、最先端の数学は数学でしか使わないものになっている。

一方で、数学を学んだ人から見ると数学ではない高校数学というものは、かなり汎用性の高いスキルなのではないかと考えている。

いま、数学と高校数学を分けて考えていて、私が役立ったと感じているのは数学ではなく高校数学であるという点は、あらかじめ強調しておきたい。

簡単なものを複雑に組み合わせる思考方針

特に東京大学の数学の問題が面白い。東京大学が何を求めているのかわからないが、受験生だった当時の私は「簡単な公式を複雑に組み合わせて解く」がコンセプトになっていると考えていた。

だいぶん年齢を重ねたので当時のことは覚えていないが、数学だけは全国トップクラスの成績だったので当時の解釈はそれほど間違っていないだろうと推測している。

この「簡単な公式を複雑に組み合わせて解く」というのは「基礎を徹底的に習得し、高度に応用できるようにする」と言い換えられるはずだ。世の中にあふれる仕事において必要なスキルはまさにこれだと思う。

少ししょぼい例だが、誰にでもわかりやすい例としてエクセルを挙げよう。

エクセルの関数は、1つ1つを見れば非常にシンプルで初歩的だが、組み合わせて使うことでかなり広範な計算ができる。

しかも、同じ計算結果を得るために使える関数の組み合わせは1つではない。

エクセルに長けた人が作る関数というのは非常に美しく、読みやすく、シートへの負担も少ない。ちょうど高校数学が得意な人が書いた答案が、シンプルで見やすく、計算量も少ないことが多いのと同じだ。

一方で、エクセルスキルの低い人が作る関数というのは汚く複雑でミスも起こりやすい。高校数学が苦手な人が懸命に問題を解くと、やたら計算量が多くなってしまい、計算ミスが多発するのと同じである。

仕事に直結していないということと趣味の重要性

勘の良い方は「高校数学そのものは役に立ってないじゃないか」とお考えではないだろうか。そのとおりである。

仕事において高校数学の知識が役に立つことは少ない。もっとも、金融機関には一部数学に特化した人材もいるが、彼らが特化しているのは数学であって高校数学ではない。

したがって「基礎を学んで組み合わせる」さえ習得できるのであれば、高校数学である必要は全くない。それどころか勉強である必要すらないのだ。

外資系の金融機関には、ときどき運動しかやってこなかったような人が入社することがある。ただ、彼らは「基礎を学んで組み合わせる」というスキルを、運動を通して学んでいるというだけだ。

もっと言えば、ヘビーゲーマーのようなよくわからない人が金融機関を志望していることも少なくない。面接で「特技は格闘ゲームです。全国何位です。」というような人が現れるのだ。

そういった人は勉強はできないことが多いが、金融機関からは気に入られることも珍しくない。格闘ゲームを通して「着地や技のあとに生まれる硬直を狙う」などという基礎を徹底的に身につけていることが多いからだ。*1「とりあえず攻撃力の高い技を出す」というような基礎を無視したプレイングをしている人は、おそらく仕事でも基礎を無視するため活躍しないだろう。

労基法を高校生で学ぶ意味ってあるのかな

外資系の金融機関は1年目から裁量労働なので残業などという概念はない。いや、本当はあるのかもしれないが従業員にはそういう意識がない。仕事が終わったら帰る、終わらなかったら残る、という二者択一だ。

一方、残業という概念のある職場において労基法に関する知識を持っておくのは重要だろう。しかし、高校生で学ぶ必要があるのかは疑問だ。

労基法を学ぶ必要があるのは労働者だ。あとは労働者を扱う雇用者だ。そういう法律なのだから疑いようはない。

それよりは「必要に応じて法律を学び、自分を守る」という原理原則を身につけたほうがよい。その原則(基礎)さえ身につけておけば、将来何か問題に直面したときに応用ができる。

その意味では、高校生は学校教育に関する法律などを勉強したほうがいいだろう。たとえば、「教師には寝ている生徒を起こす義務はないが、起こそうとする義務はある。」といったルールだ。

教育に携わる人から聞いた話なので正確でない可能性もあるし、そもそもこのルールが法レベルなのか職業倫理的なものなのかはよく知らない。ただ、こういったルールがかなり多く存在するらしいということはわかっている。

高校生に必要なルールを高校生が学ぶことで、労働者に必要なルールを労働者が学ぶという発想に至りやすくなるはずだ。

労基法を高校生に教えると「労基法が大事」という他人事になってしまう。もしくは教わったから学んだという発想になってしまう。何かを学習するときは、必ず自分事として主体的に取り組む必要があるだろう。

他人に教わったから学ぶという他人事の姿勢では学びが生活に結びつかないし、指導者がいなくなったとたんに学べない人になってしまう。

*1:そういう人はむろんゲームの知識も豊富である。「私に伝わらなくていいから、ゲームの戦略について話してみて」などと質問すると、「このキャラの対空性能はこれくらいで、あのキャラのこの技の硬直は何フレームだから、」などと話す。要するに「相手の隙を狙う」という基礎に基づいた知識であり、それを的確に応用できるからゲームで活躍するのだ。